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10月12日

 

 

 

最近は「見える化」することは良いことであるとひしひしと感じている。

 

どこぞのビジネスマンかよ、という感じだが、

私は結構色々な事を常に考えていて、

いろんなことが思っては消え、思っては消えてとしていってるので、

 

ひとつ、生協でノートを買った。B5かな?

そこに、ばーっとかく。本当に大切な予定、

日記、授業の板書、今日食べたもの、お薬は飲んだか、何時に起きたか、欲しいもの、買ったもの、その時思ったことを暇があればメモしている。

そして、夜に明日のタイムスケジュールを書く。

明日は何時に起きて何時に出る。

不思議と自分でも意識できるようになるのか、ほぼちゃんと動けるようになった。

 

 

昨日は起きるのが予定よりも遅かったけど、

やりたかったことは全てできた。それだけで万々歳!はなまる!

 

私だけのはなまるを、ノートにつけてあげる。

 

小さい頃、母親にテストの点数を見せても褒められることはなかった。

いつも100点のテストも、クラスで一番いい成績をとっても、「それが当たり前。」で片付けられた。

 

 

私は、誰かにされたかったこと、言われたかったことを全部自分でやることで慰めてあげている。

 

このとき、こうして欲しかったよね、と自分の中の小さかった自分に言ってあげる。

 

いよいよ精神おかしくなったかと思われるかもだけど、ここのブログを見ているのはほんの一部だから、別にどうってことないや。

 

 

だから、私だけのノートに、今日できたことは自分で赤ペンで褒める。わざとおおきくはなまるをつけてあげる。

 

 

辛いと思った時も、自分で自分の励ましや褒める言葉をかける、笑

 

 

私は自分が大好きだから、守ってあげたいし、辛いと思って生きるより、楽しいと思って生きて欲しい。

 

だからそうできるように、自分の手助けをしてあげる。他人にしてもらうことはあんまり期待できない。けど、他人にしてもらうことは本当に効果がある。自分でするより、何倍も。

 

 

リストカットも、「見える化」だというのをどこかで読んだ。

つらい、死にたい、苦しい、嫌だ。

漠然とした悩みを手首を切る、という痛みで現実に「見える化」しているのではないか、ということだった。

たしかに、そうだな、とおもう。

色々ごちゃごちゃな感情を、「痛み」に変えることで、すっきりさせてるのかもしれない。

私は手首切ったことないから、わからないけどね。

 

 

ゼミのレポートも纏めないと。ほぼ1人でやってる。まあ、いいか。

 

 

さて、寝よう、おやすみなさい